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其の一 鳳来寺から始まる家康の生涯

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更新日:2023年1月4日

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命を繋ぐ山―鳳来寺

今から1300年ほど前の大宝2年(702)に利修仙人によって鳳来寺は開かれました。その始まりは文武天皇のご病気を治したことに由来しており、薬師如来をご本尊とした鳳来寺は古くから三河国の名刹として知られていました。
また鳳来寺山は殺生禁断の地としても知られており、多くの人々の命を守ってもきました。鳳来寺山に命を救われた人の中には鎌倉幕府を開いた源頼朝や徳川四天王の一人である井伊直政などがいます。

石段
源頼朝が寄進した石段

鳳来寺に込めた願い

鳳来寺は徳川家康の生誕にも関わっています。
室町時代も中頃をすぎると、足利将軍家の権威は落ち、日本は戦乱の世へと移り変わっていました。安城で力をつけてきた若き武将松平清康が東三河に勢力を伸ばし、三河国の平定を成し遂げます。しかし、家臣の謀反に遇い、命を落としてしまいます。その子広忠は敵から攻められたり、身内からも圧迫を受けたりしたため、松平家を維持するのが精一杯でした。
やがて成人した広忠は妻にお大の方を迎えます。広忠とお大の方は父清康のように強く、再び松平家を盛りたててくれるような子を授かりようにと鳳来寺の医王院に籠もります。ある夜、不思議な霊夢を見た二人は山を下り、やがて家康を産みます。

本堂
鳳来寺本堂

真達羅大将の生まれ変わり

薬師如来には12人の眷属(けんぞく)(仏をお守りする家臣)がおり、それぞれ干支の守り神とされています。家康は寅年の生まれです。家康が産まれると寅の守り神である真達羅大将像が鳳来寺から消え去り、家康が亡くなると元の位置に戻ってきたという伝承が残されています。真達羅大将の生まれ変わりが家康だとも伝えられるようにもなりました。

鳳来寺山
鳳来寺山地図

しんしろ家康紀行

鳳来寺山と冨賀寺を市公式YouTubeで紹介しています。

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電話番号:0536-22-0673

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