望月家住宅(もちづきけじゅうたく) 望月家住宅

種別

国指定重要文化財(建造物)   

指定年月日

昭和49年2月5日

員数

2棟(主屋(母屋)、釜屋)

所在地

新城市黒田字高縄手

マップコードロゴ43 737 378*30   (「マップコード」および「MAPCODE」は(株)デンソーの登録商標です。)

時代

江戸時代(18世紀後半)

説明

望月家住宅は18世紀後半に建てられたこの地方の一般的な民家である。

この住宅は、静岡県西部から愛知県東南部(豊川沿岸)にかけて分布する「分棟型」民家の典型で、江戸時代から明治初期にかけての農家の住まいで、全国的に見てもこの地域特有の建物である。 

この住居は、建物の規模や間取り、柱の密度など、他の民家の型式手法と比べるとおよそ300年前の建造と推測される。主屋(おもや)と釜屋の二棟からなっていて主屋は平入り、釜屋は妻入りのどちらも寄棟造りで、約1間(1.8m)離して左右にならび、両方の軒が接続する所に丸太を割ってくりぬいた樋をかけ、雨水は表がわに落とし、2つの棟の方向がT字型になるように作られている。

つまり、釜屋建民家は、向って左側に主屋、右側に釜屋がある。主屋と釜屋の棟の方向が直角に造られていて「しゅもく造り」という名称もここから出てくる。この形は打出の小槌の形で、福を招く縁起があるといわれている。また母屋の棟は釜屋の棟より必ず高く造ってあることも体裁上と縁起上から出たことである。また、棟木が短く棟幅が狭く、「くらぼね」の数は3本から5本の家が多い。骨組みも隅叉首(すみさす)だけで棟木をさせていて、棟束の必要性がなく、使っていない家がほとんどである。

一般に規模は小さく、主屋が10数坪、釜屋が10坪程度で、釜屋側に出入り口が構えられている。

母屋の内部は、田の字型の整型四間取りで生活の場として、「おおえ・おかって・おでい・おへや」などの住居のための部屋がある。間仕切りは、板戸か紙障子戸になっていて、それぞれの間は使われ方がちがっているが、人寄せとか養蚕などのときは大部屋として自在に使われていた。釜屋は土間で、炊事や作業場、風呂場、馬屋など食や生産に結びついた用をする場となっている。上は萱や薪の貯蔵所であった。

釜屋は、お勝手や庭(土間の作業場)をはじめ、風呂、馬屋など食や生産に結びついた場となっており、風呂場と流しは接続部に前と後ろに突き出して作られている。

 

【参考文献】

新城文化財案内  平成9年  新城市教育委員会