鮎滝(あゆたき)

種別笠網漁

新城市指定名勝

指定年月日

昭和33年4月1日

所在地

新城市出沢字銭亀

説明 

鮎滝は、豊川(寒狭川)にあります。あたり一帯を寒狭峡とよび、天竜・奥三河国定公園にもなっています。鮎滝の由来は、その名が示すように、鮎が滝を飛躍する様子からつけられました。
 この鮎滝では、滝を飛躍して遡上する鮎を竿の先につけた網ですくって捕まえる、江戸時代から地元の出沢地区に伝わる「笠網漁」という珍しい漁法で行われています。

 古文書によると、年間15万匹もの漁獲があり、江戸の領主にも干鮎を献上したようです。
 今でも、6月から9月の時期に出沢地区の人たちにより漁が続けられており、晴れた日に滝に出かけると、のんびりとした漁を見ることができます。

鮎滝:滝幅2m、高さ4m

歴史的背景

 鮎滝は、寛永20年(1643)にこの地を治めていた瀧川一貞によって、現在の滝の形状を呈するようになった。一貞は、元来、棚岩と呼ばれた平坦な岩盤であったため材木流しの障害となっていたこの滝を播州高砂から石工を呼び寄せ、約半年をかけて岩盤を爆破し削らせて木材の通しを良くするように工事を行った。その結果、材木流しが容易になったほか、鮎の遡上も増加したようである。

 正保3年(1646)にこの滝の支配権を領主から与えられた一貞は、出沢の住民にここでの漁業を許可し生計の助けとさせたことが、今でも出沢地区の鮎漁の権利であるとされています。

また、鮎が鱗を輝かせながら空中飛び跳ねて滝を登る様子は素晴らしく、『笠網漁』という漁法が幕末の歌人 糟谷磯丸や若山牧水などの多数の文人が訪れた場所と知られ、鮎滝は多くの人を魅了する名勝地とされていたことが紀行文などに残されています。