東照宮

東照宮

東照宮2

 

種別     

国指定有形文化財(建造物)  

指定年月日  

昭和28年11月14日

員数

6棟

所在地

新城市門谷字鳳来寺4

マップコードロゴ 301 220 055*77 

(「マップコード」および「MAPCODE」は(株)デンソーの登録商標です。)

説明

岡崎城主松平廣忠が夫人於大の方(刈谷城主水野忠政の娘)とともに鳳来寺峯薬師に参籠して、嫡男家康が誕生したという由緒が伝わっている。

家康を深く尊敬していた三代将軍家光は、慶安元年(1651)9月17日、日光東照宮に参詣した折にこの由緒を改めて確認し東照宮の造営(鳳来寺の諸堂宇の再興)を計画した。そして、家光の命により、慶安3(1650)年7月17日釿始め、翌4年4月に家光が薨じて四代将軍家綱のとき、御神体を江戸城紅葉山御殿から奉遷したといわれている。9月17日に社殿が完成し盛大に竣工式が行われた。

その後、明治まで幕府の手によって10回の大修復が行われ、明治以後は7回の修復がなされている。平成14年から15年の修復が17回目ということになる。

 

指定物件の概要

本殿・拝殿・幣殿・中門・水屋・左右透塀が重要文化財に指定されている。

 本殿

桁行3間、梁間2間、入母屋造、平入、正面に1間の向拝屋根は桧皮葺、棟は箱棟で、鬼板・勝男木・千木を置く。本殿内陣には、慶安4年の造営により江戸城紅葉山御殿の御宮殿が安置された。

内陣に納められた宮殿は、入母屋造、妻入、黒漆塗で軸部や組物に金物を多く打って壮麗である。柱は円柱、粽(ちまき)を付け、中ほどに葵紋の金物を押す。頭貫、台輪を通し、詰組で組物を置き、二軒、木瓦葺とする。正面は二つ折れ桟唐戸、側面、背面は板壁である。内部は黒漆塗、鏡天井で、浜床を置き帳台を立てる。螺鈿、蒔絵を施した極めて手の込んだもので、中には神像を納める。帳台の裏面には「慶安辛卯 出納内蔵年預職在」と朱書きの墨書があり、慶安四年の造営により納められたものと判明した。

拝殿・幣殿

拝殿と幣殿は一体で、拝殿の背面に角屋状に幣殿が付いている。

拝殿は、本殿の造りと同様である。屋根は桧皮葺、鬼板、鳥衾を置く。                                                       

幣殿は、拝殿の背面に接続する桁行2間、梁間1間、切妻造

透塀

本殿の周囲を囲む塀、桧皮葺

中門

本殿の前面にある中門は、1間1戸、桧皮葺の平唐門

水屋

桁行1間半(2.66m)、梁間1間(1.87m)の切妻造、桧皮葺、吹き放ちの建物繰形を施して四隅を丸める花崗岩製、長方形の水盤も重要文化財に指定されている。

附指定

境内を巡る石柵、慶安4年9月17日の年記を持つ石灯篭2基、板札1枚、棟札3枚

                                                      

【参考文献】

「鳳来町誌」 鳳来寺山編  平成17年   鳳来町教育委員会

「鳳来町誌」 文化財編   昭和55年   鳳来町教育委員会  

「目で見る鳳来町の文化財」 平成元年      鳳来町教育委員会

「鳳来寺山の歴史」―寺と戦国武将―  昭和58年  長篠城史跡保存館 

「三州鳳来寺山文献集成」(上)・(下) 平成19年  郷土資料刊行会 編集者代表:川合重雄