四天王立像(してんのうりゅうぞう)

種別 持国天画像

市指定有形文化財(彫刻)

指定年月日 

昭和48年10月22日

説明

廃寺となった金隆山高福寺の本尊の阿弥陀如来を守護する四天王像と考えられ、いずれの像高も約100cmを測ります。目は玉眼で割矧造もしくは寄木造りで制作されています。

愛知県史の調査によると、これらの像の造立時期は2つもしくは3つの時期が考えられています。その中でも面部が失われている持国天は鎌倉時代の作と推測されています。

また、改訂八名郡誌には広目天は応安7年(1374)に仏師法橋定朝が刻み、この頃に四天王像が揃ったと記述されています。

増長天画像 広目天 多聞天画像

      増長天                 広目天                多聞天

【参考文献】

鈴木重安 1956 改訂八名郡誌

鳳来町教育委員会 1967 鳳来町誌 文化財編

鳳来町教育委員会 1998 鳳来町文化財ガイド 

山岸公基、塩澤寛樹、堀恭子 2005 「寛元在銘の静岡・秋葉寺(愛知・巣山区伝来)金剛力士像」『愛知

県史研究 第9号』