種子島銃

 

種子島銃

 火縄銃が日本に伝来した地として九州の南にある種子島が知られています。最近の研究では、種子島だけでなく、九州地方や中国地方などにも火縄銃がもたらされたとも言われるようになりつつありますが、伝来に関わる記録がしっかりと残されているのは種子島のみです。

種子島に火縄銃がもたらされた当時、島の領主であった種子島時尭が大金を払い2丁の火縄銃を購入しました。日本の火縄銃の歴史はこの2丁から始まりました。

種子島の人々は、この2丁の火縄銃を模倣し、国産化に成功。大坂の堺に伝わり日本全国へと火縄銃が広まっていきます。

この火縄銃は種子島銃、または薩摩筒といわれる火縄銃です。

この鉄砲の大きな特徴は、火縄銃の木の部分(左端)が大きな丸い形をしており、とてもやさしい感じがします。また、カラクリといって引金や火挟、火蓋が鉄でできており、金箔で装飾をしています。古い形を今に伝える、姿が大変美しい火縄銃です。

設楽原歴史資料館蔵