博物館誕生の歴史

 博物館の胎動と「東三河の地質と鉱物の会」

地質の変化に富んだ奥三河は、地質の調査・研究の歴史が始まって依頼、全国から研究者が訪れる場所で、多くの先賢が調査研究に取り組んでいました。

研究活動が盛んになるにつれて「自然科学博物館」の建設を望む声が高まり、昭和24年9月23日、鳳来寺山麓の鳳来寺高校で「東三河の地質と鉱物の会」が結成されました。

 田口鉄道自然科学博物館

「東三河の地質と鉱物の会」の中心的な方々が、昭和24年9月、田口鉄道の協力を得て、田口鉄道鳳来寺駅の公舎を改造して「田口鉄道自然科学博物館」を開館させました。

展示室には、鳳来寺山一帯から集めた数々の貴重な化石類、鉱物や岩石、植物その他の自然物が展示されました。

当時、鳳来寺山は自然科学のあらゆる分野で注目され、熱心な研究者の拠点として本格的な博物館の設置が切望されていました。こうして後の鳳来寺山自然科学博物館の基礎が築かれました。

 鳳来寺山自然科学博物館の建設

昭和31年4月1日に町村合併で鳳来町が誕生すると、加藤淳初代町長は念願であった自然科学博物館を新町誕生のシンボルにと建設に向けて情熱を傾注しました。その結果、元鳳来寺村の村長であり林業家の丸山喜兵衛氏より、建設資金の一部にと山林を立木ごと寄付していただきました。こうした関係者の長年の努力により、鳳来寺山自然科学博物館が建設されることになりました。

鳳来寺山自然科学博物館の誕生

昭和37年3月に着工した博物館建設は同年11月に竣工、翌38年4月25日にめでたく開館式を開催し、4月26日に開館となりました。

展示は、全国初の二重展示方式を取り入れた画期的な展示でした。1階は通俗的に、観光客や子どもなど誰にでも分かりやすい一般展示とし、2階は研究者に都合のよいように学問的、専門的な展示としました。

自然をこよなく愛し、探求する人たちの努力と情熱の結晶である鳳来寺山自然科学博物館の歩みがこうして始まりました。