昔のことを蒸し返して「言った」「言わない」と口から泡を飛ばすのは趣味ではないが、身に降りかかった火の粉は振り払っておかねばならない。

 

 昨日に続いて、市民病院に関する3月10日放映のあるテレビ番組のこと。

 

 番組のあと、数人の方からメールでお叱りをうけた。みな新城市外の方で、おそらく市民病院をめぐる一連の経過をご存じない。それぞれに返信をうち、あわせて昨日付けのブログをご覧いただくようにお願いした。

 

 そのなかでこんな主旨のお叱りがあった。“市長はなぜ、有能なアドバイザーの意見を聞かないのか。自分の立場にこだわってるだけなのか。”というものだ。

 

 なるほどあの番組だけを見れば、誰だってそんな気持ちになる。

 

 けれど昨日書いたように、3年前に「アドバイザー」の方を長とした改革委員会が最終的にまとめた答申書には、公設公営で再建をめざすことが明記されている。もちろん市長の考え方もこのなかでは重要なファクターにはなっているが、しかし全体の総意として地域特性等踏まえて、そのような結論にいたったのである。

 

 ところでこのときの改革答申書には、もうひとつ大きな注目を集めた提言が盛り込まれていた。

 

 それは名古屋などの大都市の医師が、毎日ヘリコプターを使って新城市民病院に通勤したらいい、というものだ。

 

 考え方の背景にはこういう事情がある。

新城市民病院は、開設いらい院長はじめ多くの医師を、名古屋の大学(病院)からの派遣を得て運営されてきた。それぞれ素晴らしい先生方が、使命感に燃えて地域医療の向上に貢献してくださった。県内の公立病院でも、模範とされるほどだった。

 

 ところが残念なことに、新しい臨床研修医制度のもとで、多くの医師が引き揚げられていった。いまそのことを恨みがましく言うつもりはない。大学病院もまた大変な医師不足に見舞われたのだ。

 

 ただ医師の絶対数からみれば、名古屋等の大都市部ほど医師が集中しやすい。大学病院にも、医師はいないというわけではなく、地方病院に常勤として派遣するほどの余裕がなくなった、というのが実状だろう。つまり昨日書いた「医師の偏在」というやつだ。

 

 そこで、ならば毎日名古屋から新城に通ってもらえばいい、そのために通勤ヘリコプターを導入すべし、というのが、かのアドバイザー氏の提言だったのである。

 

 一昨日の番組にもヘリコプターが取り上げられていたが、あれは通称「ドクターヘリ」。離島やへき地で、重篤の患者やけが人などが出たときに、高度医療機関から医師を乗せたヘリコプターが出動し、ヘリに患者を収容して大病院に搬送する。私どもの地域でも、このドクターヘリのおかげで救われた事例がたくさんある。これはもっともっと、普及させていかなければならないと思う。

 

 一方、市民病院の再建策で出てきたのは、このヘリではなく、文字通り「通勤ヘリ」。名古屋―新城間の送迎手段としてのヘリだ。そのために要する費用は、もちろん市民病院会計のなかで負担する。

 

 委員会のなかでは、ほとんどの委員からこの「通勤ヘリ」案に疑問が呈された。莫大な費用も問題だが、そもそも実現性があるかどうか、地域に在住する医師とのあいだにチーム医療が成り立つのかどうか、などなど。

 

 が、アドバイザーの方はこの案を熱心に主張し、最後は、市長が認めるならば答申書に書くことに反対はしない、というところまで、他の委員を説得された。

 

 私はこの案、まったく荒唐無稽とは思わなかった。移動手段として、ヘリコプターがあたり前になる時代が早く来ればいいとさえ思う。だから「検討対象とする」と盛り込むことは結構だ、と意見を述べた。

 

 この答申書が出たときの新聞報道など、記録をあたってもらえばいい。新城市民病院改革委員会の答申書の目玉は、「通勤ヘリの導入」だったのだ。

 

 私はもちろん、誠実に検討させていただいた。ヘリの運営会社からの見積書もいただいた。法的な問題も検討した。大都市部から毎日飛ばすとなると、必ず近隣住民からの反対が起こる、といった問題もお聞きした。またこの案の根底には、やはり当時の国の主張、つまり「日本に医師不足はない。偏在があるだけだ」と同様の認識が横たわっていると思われるのだが、本当にそうなのかどうかも、あらためて学ばせていただいた。

 

 諸般検討の結果、「通勤ヘリの導入」は、市民病院の改革・再建策としては、現段階ではとうてい採用しえない、との判断に行き着いた。

 

 お分かりだろうか。番組では、私が改革案を取り入れなかったから、いまだ赤字続きの病院なのだと言われていた。

 

 アドバイザー氏の答申は、かんたんにいえば「公設公営+通勤ヘリ」だったのである。

 

 だから私としては、新城市民病院がいまだ苦境にあるのは、通勤ヘリを勇気をもって導入しなかったからだ、と言われ、それを経営収支の面からも実証され、さらには本市以外で通勤ヘリを導入してみごと立ち直った公立病院が、ここにも、あそこにもあると突きつけられていたのなら、素直にひれ伏すしかなかっただろう。「穴があったら入りたい」とお答えするしかなかっただろう。

 

 自分の言に誠実な検証の仕方とは、何だろうか。私は、「通勤ヘリ」策の検証と、そこからの新城市長批判・市民病院批判をこそお聞きしたかった。あんなに激烈な議論を経てつくられた改革案だ。それが「すじ」というものだろう。

 

 歴史に「if(もしも)」は禁物、という。でもあえて私は、尋ねてみたい。

 

 私が3年前、通勤ヘリ導入に踏み切っていたとしたら、公立病院を救った名市長、と言われるようになったか。それとも、日本一の大ばか市長、と呼ばれたか。

 

 皆さんはどう思われるか?

 テレビ局には、ぜひこれを実証する番組をつくっていただきたいと思う。