新城市民病院はこれからどうなるのか?
先般、3年前に取材を受けた番組から、市民病院に再取材が申し込まれた。
いま市民病院は必死になって再建の努力を続けている。患者の皆さんからの、励ましや支援の声も多く聞こえるようになってきた。経営状態や患者数も少しずつ改善を重ねている。
ただ医師の数が足らずに、救急の制限は続けざるをえず、まだまだ機能不全の状態を脱してはいない。
3年前の経験から、制作側の取材意図は分かっていたので、病院への取材はお断りさせていただいた。
ご覧になった方は、お分かりになっただろう。新城市民病院は民営化など経営形態の変更を受け入れなかったので、今も赤字が続き、救急患者を受け入れることができていないのだ、と、そう主張する番組だ。現場の努力を前向きに評価するのではなく、病院の否定面を強調するためにいろいろな場面が構成されていくだろう。
これにわれわれが積極的に協力しなければならない理由はない。自らをおとしめるだけだからだ。
もちろん、主張も報道も自由であるから、それぞれの価値観にもとづいた番組が放送されることは一向にかまわない。またわれわれ公的機関は、求められれば開示しなければならない情報公開の義務がある。だからテレビ局側の求めに応じて、経営状態、その他の数値資料はすべて提供した。
また私(市長)への「ぶらさがり取材」的なインタビュー場面があったが、あれはわずか10分間の議会休憩時間中に突然なされたもので、実はあの後、私は約1時間にわたってカメラを前にした再取材を受けいれた。そのなかで、経営改善に対する考え方、許容しうる赤字の範囲、今後の見通しと改善テーマ、地域特性にもとづく公設公営の理由などを詳細に説明した。
そこは完全にオミットされた。
病院の「累積赤字」にかかわることも同じ。公立病院における累積赤字は、民間経営におけるものとは性格を異にしている。それがそのまま市民の負担となってのしかかるものではない。もちろん赤字を解消するために、あらゆる努力を傾けなければならないが、そのためには「赤字」という言葉に度を失って、浮足立ってしまってはならないのだ。
さらに言おう。番組では、新城市民病院が救急の制限にいたったのは、「赤字が原因」とナレーションされた。
しかし、われわれが救急制限の止む無きにいたったのは、「赤字が原因」ではまったくない。ひとえに常勤医師の不足によるもので、これが解消されれば救急は今夜からでも完全再開できる。公立病院が、赤字が原因で救急を止めるとしたら、それこそは公立病院であることをやめるべき時だろう。
また新城市民病院は公設公営で再建をめざす、というのは、番組中の「改革仕掛け人」氏によって答申された改革プランに明記されていたことで、何も私が反対を押し切って勝手に決めたことではない。
3年前を思い起こそう。当時国は、「日本に医師不足はない。偏在があるだけだ」と言い続けていた。だから医師不足で経営が傾いた病院は、医師に魅力がない病院というだけなのだ、と、ある筋の人はさかんに主張していた。医療資源の合理的再配置をすれば問題は解決するのだ、と。
しかし、その後日本中で噴出してきた医療危機は、こんな程度の処方箋で解消するものだったのだろうか。命の叫びが、国中に溢れてきたのではなかったか?!
その叫びに押されて、いま国は「医師不足だ」と認め出した。
われわれが病院を、市民病院として守っていこうとする努力は、次なる局面で必ず新たな収穫をもたらすだろう。
が、そんな一般的見通しよりも何よりも、ともかく救急医療を回復させることが喫緊の課題。それをわれわれの力で成し遂げることが、市民皆さんに安心を届ける最短の道であろうし、昨晩の番組への最良の答えとなるだろう。
こんな気持ちを新たにさせてくれた、という点で、番組制作者の皆さんに感謝を捧げたい。
[なお、番組中取り上げられていた「夜間診療所」については、本ブログ昨年の9月11日付け『夜間診療所』を、また地域医療にたいする行政責任に関しては、9月4日付け『医療と行政』、9月5日付け『医療と「市民満足」』、9月9日付け『医療と競争』、9月10日付け『医療危機、いますぐできること』などをご覧ください]
上平井地区の菜の花畑









