隣は何をする人ぞ・・・
そんな経緯からときには、「町長と市長とでは違いますか?」ということを聞かれる。町政と市政との違いといってもいい。私は行政経験もわずかだし、鳳来町といっても山の山のまた山の中、というほどの辺ぴな地域でもなければ、新城市も大都会というわけではない。
だから確定的かつ普遍的な答えにはならないが、と前置きして、同じ自治体運営であるので、本質的には変わらない、けれども郡部町村と市では、それぞれに無い行政事務があって、それは地域経営の異なった側面だ、と、お答えしてきた。
市にあって町村になかったものと言えば、たとえば「都市計画」、町村にあって市になかったものでは「過疎対策」、などを思いおこしてもらえばいい。
都市計画とはご存知のように、用途区域を設け土地利用の集団規制をかけたり、都市計画税を徴収してさまざまな都市基盤整備を行ったりする。
過疎対策は、国の「過疎法」(過疎地域自立促進特別措置法)などにもとづいて、過疎地域特有の課題に対応する施策を展開したり、そのための財源措置を講じたりする。
たとえば蛇口をひねって水を使う水道事業でも、都市区域と過疎区域とでは、供給の仕組みも、会計制度も、受益と負担の考え方も、違っていたりする。
行政職員も、合併の異動によって、それぞれ未体験の行政事務に取り組むことになる。
一方、本市の旧3市町村地区は、合併以前から消防やゴミ処理などを広域共同事務で処理していたし、通学、通勤、通院、買い物、血縁関係などで、一体性の強い圏域を形成していた。
文化的・歴史的アイデンティティでも共有するものをたくさんもっているし、圏域全体の生産額と所得額もほぼ均衡していて、経済生活上も一つのまとまった単位になっていた。お互いがお互いを必要とする関係であったといっていい。
そんな隣接地域が、市町村の行政境界をはさむことによって、実はお互いの地域経営の内情をよく知らないままに暮してきたのだ。
合併はその「出会い」をつくりだした。
1月28日、29日のブログで書いた「垂直補完」関係、つまり地域間のバランスを調整する仕事を国が主導する仕組みは、ある意味では、お隣同士の無関心を下支えする結果ともなった。
「隣は何をする人ぞ」で、それぞれに固有の課題は、国策や国法を間にはさんでしか垣間見ることができなかった。ちょうど二重ガラスが間にある隣室どうしのようなもの。
これでお互いに永遠にハッピーなら文句はないわけだが、そうではない。国の地域対策が費用ほどの効果をあげているのか。身近な課題の共有と相互解決のためには、もっと広域的な地域連携によった方がいいのでないか。そのためには、近隣地域の状況を互いに深く理解しあったうえで、より直接的な互恵扶助の関係に移しかえた方がよくはないか。
合併や広域連携には、こういう背景がある。
新城市にとっては、その隣人地域たる設楽町の津具グリーンパークから。
珍しい氷柱の写真です。
地元紙に紹介されていたので、週末に行ってきました。









