合併の心理学
昨日は話題の「東三河政令市」構想も取り上げられ、各首長の考えが聞かれた(東三河政令市構想については、1月8日付けブログもご参照ください)。
今朝の新聞報道で、私の発言がいくつか取り上げられている。
『(東三河合併のなかでは)財政基盤の弱い奥三河が“お荷物”扱いされることを危ぶむ声もあるが、穂積亮次新城市長は、「お荷物論に動じることなく、新形態の合併を考えるべきだ」と呼び掛けた。(下流域に負担に思われないようにとの危惧に対しては)穂積市長は、「合併は水平な相互扶助であり、循環型社会構築など新しい価値観が必要」と提言した。』(A紙)
『穂積市長は「水平な相互補助体系に変わるだけで、“お荷物論”に決して動じる必要はない」と強調。私見と前置きした上で、「浜松市や豊田市とは違った形態を持てるかがポイント。一定の緊張関係を持たせ、連邦的に結合するやり方もあるのでは」と提案した。』(B紙)
全体の議論をお聞きでない方は、意味不明のところもあると思われるので、少し解説したい。
1月7日の東三河全市町村長による懇談会でも出た論点だが、たとえば政令市構想に対して豊橋市等の都市部の住民の中には、財政力が弱く、過疎・高齢化の進む山間地を「抱えこむ」ことへの疑念がある。なんでそんなところの面倒までみなければいけないの、都市基盤整備に費やすべきお金がとられちゃうんじゃないの、といった声をご想像いただければいい。
人間の心理はほんとうに面白い。
となり合ったA市とB市があったとする。別々の行政体のときには、たとえば、A市で学校の耐震工事を進めていると聞いたB市民は、ほぉーA市もがんばってるな、くらいの気持ちで受けとめる。ところがこの両市が合併してAB市になると、ずいぶん変わってくる。A地区で工事が進んでいると聞いたB地区住民は、自分たちの分がA地区にとられているんじゃないか、みたいな気持ちにとらわれがちになるのだ。
これが表題にいう「合併の心理学」の一面。
〔次の日程が入り、書く時間がなくなりました。今日はここで終わり、次回続けます〕
里の風物詩
つるし柿
(川売地区)









