2003年(平成15年度)に高知県で最初に導入された「森林環境税」。地方分権の一環として、国が定めた税目以外に都道府県が独自の「法定外目的税」を制定できることになったことを利用してつくられたものだ。

 

 県民税をはらっている個人、法人から、一定割合の税負担を求め、森林整備のために使っていくことを目的にしている。高知県では個人の場合年500円と、「広く、薄い」課税システムとして設計された。

 

 これをかわきりに、多くの県に同主旨の制度が広がって、愛知県でもいよいよ21年度から「森と緑づくり税(新しい画面が展開します)」として実施されることになった。(愛知県でも個人の負担は年500円)

 

 この背景には、林業の衰退によって人の手が入らなくなった人工林が、年々荒廃し、山腹の崩壊、水害の助長、水源涵養機能の低下などのリスクを抱えるようになったこと、地球温暖化対策のなかで、CO2吸収源となる森林の役割が評価されだしたこと、豊かな森林が人々にもたらす有形無形の恩恵が意識されだしたこと、などが、あげられる。

 

 戦後日本の森林政策は、自然保護の対象となる森や保安林などを除けば、スギやヒノキの人工造林を進め、そこは林業によって循環的に育成することで守る、ということを柱にしていた(植えて、育て、切って、収益を得、それでまた植えて、育て~というサイクルですね)。

 

 つまり、林業がちゃんとやっていけば、それで経済活動もできるし、結果的に森林も整備できる、と、ある種の「予定調和」のストーリーが想定されてきたのだ。

 

 もちろんこうなれば万々歳なわけだが、このシナリオは、20~30年前から大きく崩れだした。国内林業が外国材との競争に敗れ、林業が産業の体をなさなくなってしまったために、森林の荒廃が目立ちはじめ、さまざまな社会的リスクを抱えるようになったのだ。

 

 時代や国際環境の変化で何かの産業がすたれることはよくあることだが、林業の場合は、一産業がダメになるだけでなく、国土が崩れたり、水源が荒れたり、環境悪化が進んだりと、「公益」にかかわる影響が大きい。

 

 で、林業にまかせておけば大丈夫という状況ではなくなった以上、公共社会の側が別の仕組みを用意して森林の環境価値を守り、高めていくしかないではないか、と、議論が進んだ結果が、一連の「森林環境税」導入の動き。

 

 広い森林面積をもつ自治体として、この動きは歓迎するばかりでなく、積極的に導入を求めてきたわけだが、われわれとしては、その先にもう一歩進みたいという願望をもっている。

 

 そう、林業を国際競争下でもやっていける産業へと再生させることだ。

 

 戦後には「拡大造林」運動というのがあって、本来は林業に適さない土地にもせっせ、せっせと、人工林用の木を植えてきた経過がある。林業ではやっていけない森林については、環境、自然保護、水源涵養などの目的を第1にした社会的管理に移す。かたや林業事業体が再興すれば十分に林業でやっていける森林は、そこで経済活動が営まれるようにする。

 

 当然雇用が生まれ、山間地にも人が住み続けられ、国民生活にも多様な豊かさが提供される。補助金その他の財政負担も軽減される。

 

 いずれはそうなる。そうしたい。

 

 新城、北設楽の市町村長のあいだでは、そんな議論をかわしてきた。

 

のぼり

 

いま当地方では、愛知県の「森と緑づくり税」の実施を前にしたモデル事業が数カ所で行われている。

 

昨年末に、市町村長そろっての現地視察を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事業前

 

手が入らずに荒れた森。

 

光が地面に届かず、下草もはえず、土壌の流出が進み、ひどい場合は木が倒れ、岩盤が露出し、土砂災害や鉄砲水を引き起こす。

 

 

 

事業後

 

少し手を入れるだけでも

明るい森にかわる。

 

 

 

 

 

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