国指定史跡 長篠城址のご案内
長篠城は、豊川と宇連川が合流する断崖上にあり、本丸、帯郭、野牛郭、巴郭、瓢郭、弾正郭等があります。
戦国時代末期の城であるため、現在、建物は残っておりませんが、一部残っている内堀と土塁が城の東側を守り、後方は合流する2つの川が堀として巧みに利用されている様子から、ここが天然の要害であったことがわかります。
長篠城は、永正5年(1508)、菅沼元成が築城し、天正3年(1575)、徳川家康が奥平貞昌(信昌)を城主に任命し、城を守らせました。
もとよりこの城は、愛知県から長野県、静岡県北部、さらに山梨県へ通じる道中にあり、戦国時代、武田と徳川が拠点として奪いあった城でした。
春は桜と新緑、秋は紅葉が美しく城址を彩ります。
また、毎年5月5日の長篠合戦のぼりまつりでは、合戦行列や火縄銃の実演が行われます。
夏は本丸の西を流れる矢沢川のせせらぎと不忍(しのばず)の滝が涼しい風を運び、秋には紅葉が、鳳来寺山もみじまつりの頃を中心に、城址でも楽しめます。
冬は城址周辺の史跡探訪ウォーキングで、歴史を学びながら健康な身体づくりができます。
長篠城址とともに長篠城址史跡保存館と設楽原歴史資料館を訪ねて、「長篠の戦い」の時を想像してみませんか。
本丸跡
内堀と土塁 牛渕橋から見た長篠城址
長篠城址から見た鳶が巣山 堅木植樹の碑
堅木植樹の碑
志賀重昂は、アメリカの「アラモの戦い」が「長篠の戦い」と大変似ていることに感激して、大正3年(1914)、両国の勇士をたたえる詩文を刻んだ石碑をアラモ砦に献納しました。
平成2年(1990)、アメリカ合衆国テキサス州サンアントニオ市にあるアラモ砦跡で、志賀重昂建碑75周年記念式が行われ、その席で日米親善交流の証として、志賀重昂の思いを長篠の地にも分けて移そうと、砦跡にそびえたライブオーク(樫の木)の種子がアラモ側から長篠に贈られました。種子は育苗の後平成4年(1992)、長篠城址に植樹され、記念碑が建てられました。
アラモの戦い
1836年、テキサス州独立戦争の時、アラモ教会所を砦としてたてこもった守将トレービス以下150人は、包囲するメキシコ軍5000人と戦いました。弾丸も食糧も尽き果て、砦の士官ボナムは自らメキシコ軍の囲みを抜け出して救援を求めましたが、友軍もまた苦戦しており応援は頼めず、ボナムは再び砦に戻り必死に戦いました。しかし、13日にわたる攻防の末、砦軍は全滅しました。テキサス独立の捨て石になったこの勇士たちの物語は今日まで誇り高く伝えられています。
長篠城址周辺案内図
周辺案内図と史跡見学コースがご覧になれます。
「長篠の戦い」周辺史跡見学コース [699KB pdfファイル]
交通案内
自家用車では 東名豊川I.Cから、国道151号を新城方面へ19キロ
鉄道では JR飯田線の長篠城駅で下車、徒歩約8分
長篠城址の四季
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桜と保存館
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長篠合戦のぼりまつり 火縄銃の実演 |
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夏の保存館 |
本丸跡の紅葉 |
本丸跡の のぼり旗
堀の彼岸花 本丸土塁上の紅葉
冬の本丸土塁 本丸の梅










