続・「新城サミット」を振り返る
総括の第2点目は、2年に1度のサミットの場以外での交流も、それなりに広がったことである。新城の場合でいうと、高校生の相互派遣だとか、文化交流だとか、南アフリカに救急車を送ったような具体的支援活動だとかを行ってきた。
ヨーロッパ各都市間では、もっと日常的なつながりが生まれている。今回の催しでも「Youth Parliament(ユースパーラメント)」の集まりというのがあって、これは直訳すれば「青年議会」とでもいったらいいのか、ドイツ・ノイブルグとスイス・ヌシャテルの2市が互いに影響を与え合って始めたものだが、その代表が参加、事例報告をしてくれた。
地理的な近接性や言葉の壁の低さなどから、ヨーロッパのなかやヨーロッパとアメリカのあいだの往来は、日本とのそれに比べれば格段に活発だし、よりフランクだ。
「サミット」への参加者も、民間あり、議会あり、有志ありで、とくに形式ばったことはない。「市長」というものの位置づけが各国で違うこともあって、われわれが考えていた「サミット」という形態は、実質においてより広いものに変わってきている。
さらに今回の会議でニューキャッスル・アポンタイ(イギリス)が新たに加盟したり、ロシアのノゴボルグに参加を打診しようと提案されたりという形で、それぞれのコネクションを通じて新たな接触が試みられている。
つまり
「新城サミット」をこれからも続けるのかどうか、というのはわれわれの議論。むしろサミットをきっかけに生まれたこの新しいネットワークに対してどうかかわっていくのか、それがわれわれの側に問いかけられている、というのが私の実感だ。
ともあれ「サミット」はこれで終結する。より広い市民の交流をいかにつくり上げていくのか、「内向き」の議論をこえて考えてみたい。

南アフリカの代表からプレゼントされた、マンデラ元大統領の人形。
真に偉大な人間のひとり。
市長室に置き、自らを戒めます。









