国債 持つ人・持たぬ人
こうした機関投資家に投資をしたり、株を保有したりする人がいる。多額の金融資産を持っている人たちだ。この人たちは個人向け国債を持っている確立も高い。
いろいろ細かい経路は省略して大雑把にいえば、政府債務が膨れ上がることによって金融資産が積み上がっていく人がいるわけだが、それは国民のすべてではない。
ここにAさんとBさんがいたとする。Aさんは年間にあれこれ合計して1,000万円の税を納める一方で国債を1億円保有している。Bさんは100万円納税しているが債券はもっていない。国が歳入のうちの2割を国債の元利償還に充てたとすると、AさんBさんとも納税額の同率分がその費用にまわされるが、公債保有者としてのAさんにはBさんの納税額の一部も移っていくことになるだろう。
公債は社会の余裕資金を集めて公共財や公共サービスの供給原資として最終的には税によって償還していくものだから、これ自体は不合理でも不当でもない。けれどもそれは公債の使い道が、社会の長期的な利益につながったり、緊急の景気対策とか雇用創出に寄与したり、福祉の増進につながったりする場合。国の歳入の多くが公債に依存し、ひいては借金返済のための借金を重ねる(赤字国債の増発)ようになると、バランスがおかしくなってくる。
これが高じていけば、恵まれない人のためのさまざまな福祉給付や所得再分配機能自体が不全になって、社会保障を帳消しにしてしまうような資金移動が起こるだろう。
一部の人は、医療保険や公的年金や福祉・教育等にかかわる公共サービスに頼らなくても、「何でもお金で解決できる」ほどの余裕を手にできる。反対にかなり多くの人が、公共サービスを最後の頼りにしているにもかかわらず、それを支えるための負担自体に耐えられなくなる。
地主VS小作人、資本家VS労働者といった古典的な階級社会からは「卒業」したはずなのに、また一切の公的規制がはずれた弱肉強食型競争社会でもないはずなのに、これほどの「格差社会」がひろがっている一因は、巨額の公債償還を介して資金の逆移動が積み上がったことにあるのではないだろうか。
よく「国民一人ひとりが負った国の借金は、将来世代に負担を先送りするもの」と言われる。それは現時点で発行した国債についていえること。これほど国債依存が常態化していれば、実は現在の世代のなかで低所得者が高所得者に献納するという奇妙な関係式が生まれてしまうのだ。
高所得者から低所得者へ、豊かな地域から困難な地域へ、ある程度格差をならす機能をもつように設計された政府支出。あるいは国民であれば誰でもが必要最低限の「健康で文化的な生活」を保障されるようにつくられた福祉システムや公共サービス体系。
巨額の財政赤字は、本来の政府財政の役割を日々掘り崩すような資金移動を生んでいる。
つまり「あれか、これか」「何をあきらめるかを決める」前に、かなりの国民に「あれも、これも」あきらめざるを得ない状況を強いているのではないか。
国が中央政府の収支をはかることに躍起になって、地方にその負担を転嫁すれば、地域間の格差がますます広がるのも同じこと。それで地方が財政資金の取り合いに力を向ければ、ますます首がまわらなくなってしまうだろう。
国には、まず国がやらなければならないことをやってもらいたい、というのが地方の声だ。
昨日(7月1日)「訪問看護ステーションしんしろ」の開所式が行われました。
市民病院のなかにはすでに「訪問看護室」がありましたが、それは市民病院の患者さんを対象にしたもの。対象区域も旧新城市内に限られていました。
今回取り組んだことは、「訪看ステーション」を市民病院内の組織から市の組織に移し、市民病院の患者さんだけでなく、他の医療機関にかかっている患者さんにも訪問看護のサービスを提供できるようにしたこと。あわせて対象区域も市内全域に広げました。
地域医療をなんとか充実させていこうという関係皆さんの努力によって、昨日の開所を迎えることができました。市民病院と開業医の皆さんとのあいだ、地域のさまざまな医療関係者のあいだ、医療関係者と福祉関係者とのあいだ、またこれらの人々と地域住民とのあいだの新たな連携・協力関係を築くささやかな、しかし確実な一歩を踏み出しました。
皆さんの奮闘に感謝するとともに、市行政も自らの責務を誠実に果たすことを述べさせてもらいました。
スタッフ紹介。まずはこの5名からスタートします。やる気いっぱいのメンバーです。
開所式後の施設案内。市民病院4階で「店開き」。多くの皆さんに信頼されるステーションにします。
ご利用その他のお問い合わせ
Tel 0536-23-7880
Fax 0536-23-7650
新城市 訪問看護ステーション しんしろについてご覧になれます。









