作家の向田邦子さんがエッセーで書いていたこと。

 

 向田さんは算数が昔から大の苦手で、大人になってからも数字はダメだったという。

 で、どういう風にダメだったのかというと、小学校の授業で、たとえば仮分数を習ったとき。仮分数というのは、ご存知のとおり分母よりも分子の方が大きい分数のことだけれど、少女向田さん、これを見たとたん、「なんて頭でっかちでいやな奴なんだろう」と思い、拒否反応に縛られてしまったらしい。

 

 同じく「小数点以下」を習ったときには、どんどん、どんどん水の底に沈んでいくような感じになり、ほんとに息苦しくなったのだという。

 

 そんなことを感じたり、空想を広げたりしているうちに時間は進み、ハッと現実に返ったときには、授業はもう次に進んでいる。ついていけっこないので、もっといやになる。こんなことで算数はまったく受けつけなくなったのだと、書かれていた(と記憶している)。

 

 これはなるほどありそうなことではないか。

 

 ある少女の感受性は、数字からこんな連想を頭のなかで繰り広げ、感情や身体反応さえも支配してしまう。が、子どもはそれを口に出していうことはまれで、大人になってもはっきり記憶に残してしかも文字にして表現できる、というのもこれまた稀有のこと。

 

 教える側も、向田少女がこんな風にして算数がいやになったなどとは、つゆ知らなかっただろう。

 

 でも大体こんなものではないのか。

 

 有名な小説の一節に、「幸福な家庭というのはどれも驚くほど似ているが、不幸な家庭はどれも同じでない」というのがあったと思う。

 

 同様の言い方をすれば、(特別な例外を除けば)教科内容の「分かり方」というのは誰も似通っているが、「分からなくなる」なり方は、実に千差万別だ。

 

 ふつう「分かる」というのは、教えられたことをそのまま理解することで、これはロジックのおよぶ範囲のとても「分かりやすい」話。

 

 ほんとうの難物は、「分からない」という方で、それぞれの頭のなかでどんな「ドラマ」が起こっているかにより思いもかけない方向へと意識が向かう。

 

 100メートルを無事走りきるには一定のセオリーを身につければいいが、途中でころぶときは、石につまずいたか、アキレス腱が切れたか、歓声に気をとられたか、わざところんだか、まったく違った理由が介在しているだろう。

 

 走りきった者を褒章し、ころんだ者をふるい落とすことに、主な教育機能を求めたときは、走れることを標準において、努力を督励し、技法を教え、順位を決めることに精力が注がれた。

 

 が、これほど変化が激しく、分化・専門化が高進するとともに、一度身につけた技術や知識でもあっという間に陳腐化してしまう社会のなかでは、また別のものが求められてくる。ころび方も重要な技法になってこようし、人はなぜころぶのかを理解することも大切になってこようし、ころぶ原因ごとの起き上がり方も身につける必要が生じてこよう。

 

 走れることも、ころぶことも、その両面を深く理解してこその人間性、なのではないだろうか。

 

(「分かりやすく」書こうとして長くなっています。それでかえって「分かりにくくなっている」とのお叱りもあり、悩んでおりますが、もうちょっと続けます。)

 

 

今日の写真は、6月の花 

夾竹桃