市内にさる民間の児童福祉施設がある。気高い篤志家のご夫妻が、終戦直後に設立したものだ。そのころの児童福祉施設といえば、ご案内のとおり「戦災孤児」たちの世話から始まっているが、ここも同様であった。

 

 戦後の復興、高度成長時代以降もこの施設は立派に運営され、先見的な取り組みによって関係者の間でも広く知られるところとなった。戦災孤児の時代は去ったが、親の離婚、死別、困窮などなどによって、福祉施設で抱擁してあげなければならない子どもの存在はなくならなかった。

 

 現在この施設は創設者夫妻のご子息らによって引き継がれ、多くの尊敬と支援の志を集めている。毎年クリスマスの時、市長はサンタクロースに扮してここを訪れ、ささやかなプレゼントを贈る役を仰せつかる。私にとっては絶対におろそかにできない一瞬だ。

 

 このような折、経営と指導にあたられている先生からいろいろお話を伺う。市長になって最初の訪問のとき、先生は私にこう語られた。

 

 「県内に同様の施設が10ケ所ほどありますが、どこも定員一杯です。把握されているだけでも、その倍ほどの子どもが待機しています。戦災孤児の時代も終わり、豊かな社会になり、そのうえに少子化で子どもの数全体はどんどん減っているのに、ここに入らなければならない子どもの数は増えるばかりなのです。」

 

 「なぜかお分かりですか?虐待です。ネグレクト(育児放棄)もあります。ほんとに深刻です。いま世間では少子化対策といいますが、現に生まれてきた子どもたちが虐待を受け、ひどい場合は命を奪われています。それを放っておいて、子育て支援といっても虚しくはありませんか。」

 

 「親が悪いというのは簡単です。しかし親御さんも苦しんでいます。家族のあり方が変わってしまった以上、家族の代替機能を、地域や社会が果たさなければならないんじゃないでしょうか。」

 

 その後先生たちはアメリカに研修生を送り、「ヘルシースタート」のプログラムを始め、家族療法や子どもの行動療法を取り入れはじめている。このプログラムは、リスクを抱えそうな親に対して出産直後から地域ボランティアが継続的にかかわり、愛情による子への接し方、親としての尊厳、しつけ方などなどを一緒に学んでいくものだ。ここでかかる費用は、後で問題が起きたときにかかる費用の1%で済む、との考えがこの事業を支える。自治体もこれを後押しするのだが、最近日本でも同趣旨の取り組みが見られるようになってきた。

 

 これらも含めて、私はここからたくさんのことを学ばせてもらった。家庭、地域、教育の再生のためには、「ヘルシースタート プラス 幼児教育の準義務化(幼保全入)」が不可欠だと考えているが、それはまた別の機会に触れるとして、上記の対話以来、私の頭のなかには「家族の代替機能」という言葉が、しっかりと根を下ろしてしまったのである。

 

国道301号豊栄地内から市街地を望む

 このブログの初回には、市長室からの風景を写真で紹介しました。市街地の向こうに作手高原に上がる峰々が見えていましたが、今日は反対にその中腹から早朝に市街地を撮ったものです。朝もやがかかるなか、目覚め始めるまちが望まれます。

 

 

 

           国道301号豊栄地内から市街地を望む(続)