去年NHKテレビが『ワーキング・プア』の現状を取り上げ、特集番組を放送した。かつて例のない反響を呼び、続編も組まれた。ワーキング・プアという言葉をふくめ、この問題を広く世に喚起した放送だったので、ご覧になった方も多いのではないか。

 

 言葉のとおりワーキング・プアとは「働く貧者」、つまりまともに働いているのに、生活保護水準以下の収入や生活を余儀なくされている人々のことだ。その後「ネットカフェ難民」という言葉も生まれ、非正規雇用の増大がもたらした新たな社会問題とも関連づけられるようになった。

 

 そう、深刻化する「格差」の問題だ。

 

 私もこの特集番組を観て、強い衝撃を受けた一人である。

 

 そして思うところあって、NHKの番組制作者に連絡をとり、問題の背景やバックデータなどをお尋ねしてみた。担当の方は、許される範囲で番組の目的や背景、それを生み出した社会の変化などを丁寧に教えてくださった。

 

 番組を観て私が感じたのは、2つのことだった。

 

 1つ。雇用形態や労働市場の問題とならんで、――いや場合によってはそれ以上に、「ワーキング・プア」の背景には「家族」のあり方が深くつながっている。

 

 もう1つ。自治体としてなしうることがあるに違いない。

 

 不安定な雇用関係を続けているうちに、帰るべき住処と証明すべき身元を失い、再起したくともそのための出撃基地が砂のように消えてしまった状態。これが、現代日本の「雇用難民」とでもいうべき人々が直面している状況ではないか。

 

 安倍内閣のときに「再チャレンジ支援」がさかんに謳われたが、再挑戦の飛行を試みるにはそのための母艦がいる。普通はこれを家族がになうのだが、何かの理由でそれが失われたり、あるいは逆に重荷になっていたりすると、他には定まったセオリーが用意されていないために、更なる漂流にさらされるのである。

 

 ここで私が、家族のあり方にならんで自治体の役割に思いがいったのは、いま一つ別の示唆をある実例から受けていたからである。

 

それは次回。

 

 

 昨日(4月20日)戦没者追悼式が、遺族会と市の共催で開催されました。ふるさとに帰ることなく散った方々を思い、平和とより良きまちを築く決意を新たにしました。

追悼式写真