戦国時代のアジア地図
横 54.8センチ 縦 44.5センチ

 この地図は、ちょうど設楽原の決戦が行われた1575年の少し前に西洋で製作されたものです。この当時西洋では、イギリスのエリザベス一世やスペインのフェリペニ世などが全盛を誇り、アジアへ向けて、次々に進出していた時代でした。

 日本へもキリスト教を伝えたザビエルなど、多くの西洋人がやって来るとともに、スイカ、カポチャなどの種がこれらの人たちによって伝えられました。このように、日本と西洋との結びつきが深くなりつつあった時代でした。
 このオルテリウスの地図にはアジア大陸と、東南アジア大陸などの島々が描かれています。右上方には「JAPAN」として日本の本州、四国、九州が描かれています。現在、私たちが目にする日本地図とは大きく異なり、いくつかのサツマイモが並んでいるような印象をうけます。さらに、日本の中には8つのお城を見つけることができます。

 設楽原の戦いが行われていた頃の日本はこのようにして、西洋に紹介されていました。
 本来、この地図は白黒ですが、当時の画家が赤色や黄色、青色で、一枚ずつ補色をしたために、とてもカラフルなものになっています。