信玄砲


伝説の信玄砲
銃身の長さ / 105センチ
重さ / 11キロ
ロ径 / 20ミリ (十三匁)


 新城の宗堅寺には「信玄砲」という鉄砲が保存されています。 木部は失われ、頑丈な銃身の部分のみが残されています。
 この鉄砲は元亀四年(1573)、武田信玄は菅沼定盈(さだみつ)が守る野 田城を攻撃したときに城内から聞こえる笛の音に誘われて出てきた信玄を鳥居三 左衛門が撃ったものと伝えられています。「菅沼家譜」によると籠城の前に家康 が定盈に贈ったものの一つであると伝えています。
 数年前に「信玄砲」についての研究が火縄銃研究第一人者の 所荘吉氏により行われました。 それによると、この信玄砲は安土桃山から江戸初期の様式を残しているそうです。
 慶長19年(1614)の大坂冬の陣の時に家康から数十丁の大筒を贈られており、 この内の一本が菅沼家の菩提寺である宗堅寺に伝えられてきたとも記されています。
 信玄が野田城攻撃の直後に亡くなっているために、「信玄狙撃」の伝説ができたと思われます。
 こうした伝説を持つ「信玄砲」は日本に残る多くの火縄銃のうちでも、 最も古い火縄銃の一つであることに間違いありません。