ごく大雑把にいうと、明治、昭和の合併までは、中央政府の下に地方機関を置き、その下に地域組織を編制する、そういう設計思想で行われてきた。地域共同体の自治慣行や財産権は、政府の統治権限を侵さない範囲で認められたが、あくまでも従属的な位置づけでしかなかった。

 

 まぁ、昔から続いてきたものだし、全否定して反発を受けるよりもある程度残して折り合いをつけてもらった方がいいだろう、それに地域の隅々まで行政機関が目配りをするなんてできないわけだから、そういうところは地域の有力者や古くからの共同体組織にまかせておいた方が効率的だろう、と。

 

 こうした考え方は、まだ強く残っているとしても、現在生まれているものは違っている。

 

  まず、国と地方自治体を対等の関係に置く、という原理が確認された。

 

 次いで、地方自治体を「地方政府」と位置づけ、それにふさわしい力を付与しよう、という制度設計が打ち出されてきた。

 

  そして「地域自治組織」を自治法上に規定し、さまざまなバリエーションをもった地域組織を自治体の判断で編制できるようにした。

 

  「地方政府」の思想とは、住民にもっとも身近な政府が、公共サービスの主な(=優先的な)担い手になるべき、との考え方にもとづいている。

 

  では、「地方政府」とそのなかの地域組織との関係は、どんなものであるべきか。「近接・補完の原理」をどこまでも推し進めていくならば、もっとも基層的な共同体のなかに政府的機能が働く姿を求めるべき、ということになる。「近隣政府」の思想だ。

 

  と、なると。国民主権の原理にもとづき国民が最初に組織する政府が地域自治組織である、ということになるだろう。

 

  自然村的な集落共同や任意による慣行自治ではなく、住民が主権者として直接に行動するもっとも身近な公共空間=法的権限をもった「自治政府」を置く場、それが地域社会だという理解だ。

 

  「自治」と「政府」が一緒になるのは、その地域を構成するすべての住民が、統治者であるとともに被治者である、そういうルールを進んで受け容れ、実現している場合だから、実はこういう団体は、理論的に破綻のない構想ができていればそのまま生まれるというものではない。

 

  いろいろな利害や価値観がせめぎ合うなかで、新しい地域システムをつくっていこうとする努力を通じてしか、われわれなりの「近隣政府」は出現してこない。

 

  でも時代は、確実にそれを求めている。「安心して暮らし続けられる地域」をつくるには、それしかないからだ。

 

  平成の合併は、こうした地域自治組織のあり方に一定の結論を出したところで、はじめて締めくくりがなされる。

 

 合併後の行政区の再編、新市一体化の取り組み、第1次総合計画のめざすもの、これらはすべてその方向にむかって動いており、それによってまた、市行政組織と行財政運営のあり方が決定づけられるのだ。

 


 

中学生の大活躍。

6月6日から7日にかけて山口県で開催された『2009年JOCジュニアオリンピックカップ自転車競技大会』U17(17歳以下)の部で、並みいる高校生相手に素晴らしい成績をおさめた中学3年生・林寛之君(市内黒田)が報告に来てくれました。

自転車1

 

先生(お父さんでもあります)と一緒に頼もしい話を聞かせてくれました。

 

 

 

 

 

自転車2

競技用の自転車。

メチャクチャ軽いです。

自転車通勤、またまた気持ちが動きました。

う~む。。。。。