4月3日付けブログ『公務員の働き方、働きがい』で触れたように、われわれは本年市職員の給与・人事のあり方について、独自の見直しに踏み込むことにしている。

 

 九州のある市で、市長が市のホームページ上に(個人名は伏せて)全職員の給与を1円単位で公表して大騒動になった。そのまちの平均的な市民所得に比して、職員給与が高すぎるとの評価にもとづいている。

 

 ここの例はちょっと飛びぬけた事例だが、昨今の経済危機のなかで給与の「官民格差」がいっそう目立っているので、公務員の身分と待遇に対する反感や批判は、市民社会のなかにいっそう広がっているとみておかなければならない。

 

 また政府・与党のなかには、公務員にも争議権等を認めるかわりに、人事院制度を廃止すべしとの議論も根強いので、そうなると国家公務員、地方公務員ともに、それぞれの団体の理事者側と労働側との直接協約のなかで給与その他を決する方向にむかっていくだろう。

 

 財政再建を進めるには、人件費問題を避けて通れない、という議論の余地なき問題も横たわっている。

 

 いずれにしても、自治体職員の給与体系改編は避けられないのだ。ならば、というと語弊があるかもしれないが、他人から言われてしぶしぶ変えるよりも、また外部意思だけで変えられるよりも、自分たちの考え方をしっかりと持ち、広く世間に問うても十分に信認性が担保できる体系をつくっておいた方がいい。

 

 一方、この問題を議論するときに注意しなければならないのは、低い方に合わせるのが公平だとか、やっかみを受けずにすみそうだとかの気分に拠っては絶対にいけない、ということ。

 

 多くの統計資料が物語っているように、ここ10年内外、日本では「労働分配率」が一貫して低下してきた(国民所得全体のなかで、勤労者が手にする取り分、ですね)。反対に大企業経営者の報酬や株主配当は増えてきた。一般勤労者の生活実感がどんどん苦しくなって、社会的不公平感が広がっていく要因ともなっている。

 

 つまり勤労者所得全体が足りなすぎるので、その大きな分配のあり方を不問に付して、勤労者内の「官民格差」是正だけを追求すれば、民間給与をより下げる圧力にはなっても、勤労者の生活を改善する力にはならない。

 

 でも、公務員給与を削減すればそれだけ税収を公共サービスにまわせるのだから、国民生活にはプラスではないか、という反論も聞こえてきそうだが、それはある一瞬のこと。ムダ削減以上に人件費を削れば、公務労働の質・量を落として、中長期的にみれば公共サービスの低落はまぬがれないし、労働市場ではより給与水準を落とす方向の力が働くので全体税収の低下にもつながる。

 

 そういうことを加味して考えると、この問題にのぞむにあたっては、客観的な妥当性や市民良識からみて説得性をもった、一定の中立的原則を確認しておくことが必要と思える。

 

 本市では、このテーマを検討し、方向づける庁内プロジェクトチームを結成したが、私はこのチームに次の4原則を明示した。

 

 第1.    職員の給与は労働の対価である。

 第2.    勤労者の平均的所得水準から大きくかい離することは許されない。

 第3.    地域社会の経済生活水準からみて特殊な層を構成する結果となることも許されない。

 第4.    公務労働(地方政府)をになう人材を確保・育成・承継するに足る給与体系でなければならない。

 

 次の機会に、この4原則の「こころ」を述べてみたい。

 


新城には、愛知県の施設で素晴らしいものが2ヶ所あります。一つは、「愛知県民の森」。

そしてもう一つが、「新城総合公園」。各種スポーツ競技から子どものアスレチックや広場まで、起伏にとんだ地形のなかで思う存分体を動かせます。

そこでの休日の一こまスナップが送られてきました。

どうか皆さんもお出かけください。

総合公園1

 

写真右端の建物は住宅ではありません。

 

 展望台。

 

 

 

 

 

総合公園2

 

お父さんと楽しくサッカー。

 

 

 

 

 

 

 

総合公園3

 

竹馬、できるかな?