大学問題
経過は報道にもあるが、経営母体である学校法人・尾張学園より、昨年2月、経営悪化により21年度から募集停止の方針であることが通告され、直後の理事会で本市をふくむ反対意見もあるなか、同方針が理事会決議されたのが発端。
同大学は、平成11年4月に介護福祉学科の短期大学(定員50人)として出発。5年後の平成16年には4年制の社会福祉学部(定員100人)も開設されて今日にいたっている。
名古屋大谷高校、豊田大谷高校を経営する尾張学園が福祉系大学の新設を計画し、立地場所を探していたことと、合併前の旧新城市が大学誘致を進めていたことが合致、関係各組織の協議を経て開学にいたった。
設立にあたっては、「公私協力」方式として、用地を市が造成・提供し、建設費助成も行った。
奥三河地方唯一の高等教育機関となることや、介護福祉の人材養成がなされることなどから、地域の期待は大きく、またそれにふさわしい支援がなされたと思う。
その後学生・教職員と地域とのさまざまな交流も進み、卒業後の就職率も高く、小規模とはいえ特色ある大学としての発展が望まれてきた。しかし介護福祉職場の労働条件が厳しさを増したこともあいまって、学生数が定員数に満たない状況が続いてきた。
そこで法人サイドより冒頭の21年度募集停止が発議されたのだが、それはつまり在学生をすべて送り出したあとは閉学の方針ということ。
通告を受けた市としては、設立の経過や設立時の協定内容等からして、そのままでは到底受け容れられないことを再三にわたり申し入れた。また学長はじめ大学当局も存続への意思をお持ちだったことから、理事会に再考を要請のうえ、昨年3月、募集停止決議の1年間執行停止を再議決していただいた。
その後大学存続のための関係者協議を続けるとともに、別法人への統合などもふくめ、さまざまな可能性を追求してきた。
本問題にかんして私としては、次の2つの大きな原則を立てて臨むこととした。
第1は、大学存続のために最大限の努力を払うこと。第2は、市としての追加財政負担は行わないこと。
限られた時間のなかで昨年半ばに、大学を尾張学園から「分離・独立」させ、新法人を設立する方向で、学園、大学、市の3者合意がなされ、新大学の学部・学科構想、資金計画、市との法的関係の整理など、クリアすべき課題に取り組む準備組織を設置した。
通常の学校法人新設の倍以上のスピードを求められた事務だったが、関係者みなさん夜を日についで献身的に仕事をして、資金問題をのぞいては22年度から新大学としてスタートするめぼしがほぼついてきたのが、今年の初め。
報道にあるとおり、最後の資金計画において文科省との折衝のなかで大きな壁が立ちふさがり、来年度新設にむけた申請を今年(5月に審議会に申請が必要)は見送ることになった。
今後については当事者間で、再協議をして方向を定めることになる。それとともに、新城市としての関わり方を、あらためて原点にかえって広く検討することが必要になるだろう。
上記したように、昨年来のきわめて切迫した状況のなかで、私は市長の裁量の範囲内で許され、かつ大方の理解を得られるであろう2原則をもって事にあたってきた。在学生の利益をまもるとともに、市の損失を最小限におさえる必要があると判断したからだ。
一方、この問題の背景は単純ではなく、多岐にわたっている。
第1は、もちろん学校法人(尾張学園)と大谷大学の経営問題。
第2は、学生数減少のなかでの私学経営と国の指導方針の問題。
第3は、福祉系人材養成機関のあり方と国の福祉施策の展開の問題。
第4は、市(地方自治体)および地域社会と大学教育機関との関係の問題。
今年度から介護報酬がアップされるが、福祉職の待遇はその負っている仕事に比して余りにも貧弱だ。今後ある程度の改善はなされると思うが、介護保険スタート時のあの一種高揚した気運を思うと、やはり大きな政策転換も求められるのではないか。
また市ならびに地域社会にとっては、「大学がある」ことの意味はとても大きい。われわれもたくさんのことを学ばせてもらったのだ。
大学問題はこれから新しいステップに移るが、あくまでも前向きに進んでいきたい。
桜淵公園、いま藤棚が美しい。
写真が送られてきました。


この藤棚は、新城ライオンズクラブのサポート部会がベンチの設置やのり面の草刈など、ボランティアで管理しています。(市とのアダプト・プログラムです。)

一方桜は八重桜が満開。
写真は先日テレビでも紹介された市内中宇利地区の
「世界桜の園」。









