近代日本の女性解放運動(今でいうフェニミズムですね)は、1911年(明治44年)発刊の『青鞜(せいとう)』をもって嚆矢(こうし)とす、というのが定説と思う。

 

 与謝野晶子が「山の動く日来る」で有名な『そぞろごと』を寄せた雑誌として知られているが、その発刊の辞は『原始 女性は太陽であった』と題された(平塚らいてう筆)。

 

 ご存知のように当時の女性の社会的地位は、あらゆる面で劣後に置かれ、参政権はもとより財産権も持たず、「女性差別」という概念さえ持たなかった。

 

 そういうときに『青鞜』発刊の辞がもたらしたものは、母系制社会では社会の中心に位置していたのは女性であった、人間社会の始原は女性を太陽としていた、という歴史をひっぱり出すことで、女性の尊厳と覚醒、その社会的地位の向上を求める正当性と価値の逆転を成し遂げることであったろう。

 

 社会の発達史のなかでは、ときどきこういうことが起こる。原始時代に女性は太陽だったんだよ、と言ってみたところで、それで何かが変わるわけではない。興味のない人には、へぇーそうだったんですか、でもそれが何か?という程度のこと。

 

 ところが世の無理解と懸命に闘っている人たちには、その一言を待ってました!的な影響を及ぼすことがある。女性が男に従属しているいまの状態は、太古原始の時代からこうであって、女と生まれたからにはこれ以外にはないんだ、と、思う必要はなく、女性が生得的に男性に劣っているわけでもなく、いやいやそれどころか、女性の方が偉かった時代だってあって、いまの状態だって永遠に続くわけでなく、社会が一時的に生み出したものにすぎないのだから、自覚と誇りをもって生きていけば、これを変えることだってできるかも、と、こんな風に意識変化が進んでいく。

 

 近代民主主義の原理、「人は生まれながらにして平等である」思想も同じだろう。そう言ったところで、身分差別や階級格差がすぐになくなるわけではないが、まず、そう言っちゃう。人は生まれた身分の違いで貴賎が決まる、と信じこまされていたそれまでの全価値体系に対して、違うぞ、そんなこと誰が決めた、人は生まれたときはみんな同じなんだ、それとも、そうじゃないと証明できるか、聖書にだってそんなこと書いてないぞ、文句あっか?!と、啖呵を切ったのだ。

 

 王侯貴族のダメさ加減にウンザリしていて、何とかしてよと、思ってきた人たちが、これで精神が解放され、アナタ方だけにまかせていたのがいけなかった、大切なことを決められるのはアナタ方だけと思い込んできたけど、そうじゃないよね、「人は生まれながらにして平等」、全員1票もって決めようじゃないか、と、踏み出すことができるようになったのだ。

 

 すべからく、こうしたもので、思想や価値観やスローガンは、それで世の中を一挙に変えるわけではないが、人々の心にのしかかっていた重石を取り除き、精神を解放することで、新しい行動を広げ、それで社会の仕組みを変えていく。

 

 何でこんなことを言っているのかというと、日本の地方自治体がいま四苦八苦しながら進めようとしている分権・自治の改革にも、多少なりと似た面があると思うからである。

 

 自治の淵源は、どこにあるのか。地方・地域の自治権は、そもそも何によって正当化され、誰によって担保されているのか。

 

 われわれが取り組む「自治基本条例」のなかには、この問いが投げかけられている。

 

 今までの支配的な考え方=地方自治権は、国権の一部を分割・移譲したものである。

 

 こう言っちゃってもいいんじゃないか的な考え方=地域の持つ本来的な権限のある部分を国家に預けてあるのである。

 

 これは実に「真逆」の関係。

 

 少し整理してみたい。

 


 

桜淵のさくら、まだまだいけます。お出かけください。

(本日撮影分から)

 

並木

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対岸を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右岸側

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笠岩橋