今から3年前のこと、平成18年4月以降、新城市民病院では常勤医師の不足から救急医療の一部制限に踏み切り、いくつかの診療科目も休診等の措置に踏み切らざるをえなくなった。このうちのいくつかはほどなくして再開されたり、改善されたりもしたが、抜本的な再生にはいたっていない。

 

 さてこの事態に直面した、地域の人々はどんな行動をとったか。

 

 新城市民病院は、ひとり新城市民にとってだけ必要な施設ではなく、北設楽3町村をはじめ奥三河・北遠州の山間地域のなかで唯一の大きな2次医療機関であり、災害拠点病院の役割もになってきた。

 

 医療圏では、愛知県東三河北部とよばれているが、圏域人口6万人余の住民は、新城市民病院を守る行動に立ち上がったのである。市町村の枠をこえて、議会代表、地域代表が協議のうえ、医師確保を求める大規模な署名運動が行われた。わずか短期間のうちに、全住民の8割にのぼる署名が集められ、県知事に特段の支援、協力を要請することになった。

 

 それをうけて、平成19年4月には県から医師が緊急派遣され、最悪の医療崩壊が阻まれた。

 

 ここから私は多くのことを学ばせてもらった。

 

 公立病院を守り、再生させるには、2つの力がいる。

 

 第1には、住民の支持と信頼。

 

 第2には、政治の意思。

 

 住民が、あんな病院もう不要だ、はやく民間委託でも何でもして赤字体質をなくせ、公立病院がなくても十分に代替できる、という風に考えていれば、その病院は存続できないだろう。

 

 また住民の願望はあっても、政治の側が病院維持は困難で、これを切るしかない、と決断すれば、やはりその病院の前途には赤信号がともる。

 

 この両者が対立した場合は、地域に多かれ少なかれ波風が立ち、ときには議会なども乗り出す政治紛争となる。

 

 存続にしろ、撤収にしろ、両者の意思が一致した場合、ことは比較的スムーズに運ぶだろう。

 

 どちらがいい、悪いを、一律に線引きすることなど出来ないし、無意味でもある。それぞれの事情で、具体的に答えを出すしかない。

 

 新城市民病院について言えば、市民の意思も、政治の意思もともに一致している。

 

 議会でも、民営化すべし、の議論は聞かれない。各種の調査から、市民の大多数も市民病院としての存続を強く願っている。

 

 総務省が示した自治体の財政健全化指標から見ても、新城市財政を病院経営が破綻に追い込むという兆候は、現在のところ見られない。

 

 どの程度の赤字までなら許容範囲なのか、についての政治判断も、私どもはかなりはっきりした形で持っている。

 

 またどの程度の追加税金投入までなら認められるのか、についての市民アンケート調査も行った。

 

 要は、新城市民病院は市民全体で支える、という覚悟が出来ているのである。その結果は、当然ながら新城市民が引き受ける。

 

 私が、公設公営でやっていくということに「誇りをもっている」と、テレビにお答えしたのは、この理由によっている。

 


 

川売(かおれ)の梅花。

3月15日撮影です。ピークは少し過ぎましたが、まだ美しい景色が広がっています。

川売1

 

                  川売2